生産性を上げれば、日本は豊かになれるのか――もう一つ必要なのは「需要」だ
人口が減少している。
働く人も減っている。
だからこそ、一人あたりの生産性を高めなければならない。
AIを使う。
ロボットを導入する。
設備投資をする。
教育に投資する。
前回までの記事では、こうした「供給力」の重要性について考えてきた。
これは間違いなく重要な話だ。
しかし、ここで一つ別の問題が出てくる。
「生産性を上げれば、それだけで日本は豊かになるのだろうか」
私は、そう単純ではないと思う。
なぜなら、企業がどれだけモノやサービスを生み出せても、それを買う人がいなければ、経済は回らないからだ。
つまり、経済には、
「供給」だけではなく、「需要」も必要になる。
どれだけ作っても、売れなければ意味がない
極端な例を考えてみたい。
ある工場が最新の設備を導入した。
これまで100人必要だった仕事を、50人でできるようになった。
生産性は大幅に上がった。
ところが、商品の売上は増えなかった。
消費者が商品を買わないからだ。
この場合、企業にとって生産性向上は必ずしも明るい結果にならない。
設備投資をした。
しかし売上が増えない。
利益も増えない。
賃金を上げる余裕も生まれない。
場合によっては、人員削減だけが進んでしまう。
つまり、
供給力を高めることと、経済全体が豊かになることは同じではない。
そこには「需要」というもう一つの条件がある。
なぜ企業は設備投資をするのか
企業は、単純に「最新技術が好きだから」設備投資をするわけではない。
投資した設備によって、将来もっと商品を売れると考えるから投資する。
新しい工場を建てる。
新しい機械を導入する。
店舗を増やす。
社員を採用する。
AIシステムを導入する。
これらはすべて将来の需要を見込んだ行動だ。
「これから商品が売れる」と企業が思えば、投資する。
「売れない」と思えば、投資を控える。
だから企業の投資を増やすためには、
「これから日本で需要が増える」と企業が思える環境
も必要になる。
日本経済の長い停滞を考えるうえで、「需要不足」は無視できない
日本では1990年代以降、長いデフレが続いた。
物価が上がらない。
賃金も上がらない。
企業は価格を上げにくい。
消費者は将来が不安だから支出を抑える。
企業も先行きが不透明だから投資を抑える。
すると経済全体の需要が弱くなる。
需要が弱いから企業は投資しない。
投資しないから生産性も上がりにくい。
賃金も上がらない。
賃金が上がらないから消費も増えない。
こうした循環に陥る。
つまり、
「日本は生産性が低いから成長できなかった」
という説明だけでは、日本経済の長期停滞を十分に説明できない。
需要が弱かったことも考える必要がある。
「節約」は家計にとって正しくても、経済全体では別の問題を生む
個人の立場から考えれば、節約は合理的だ。
給料が増えない。
将来が不安だ。
だから外食を減らす。
旅行を控える。
高い商品を買わない。
貯金する。
これは一人の家計としては正しい行動だ。
しかし、日本中の人が一斉に同じ行動を取ったらどうなるか。
消費が減る。
企業の売上が減る。
企業は投資を減らす。
新しい人を採用しなくなる。
賃金も上がりにくくなる。
さらに消費が減る。
個人にとって合理的な行動が、社会全体では需要不足を招くことがある。
経済というのは、なかなか難しい。
だから「貯金するな」という話ではない
ここは誤解してはいけない。
個人に「貯金するな」と言いたいわけではない。
むしろ、将来のために一定の貯蓄をすることは重要だ。
問題は、
「みんなが将来に不安を感じ、現在の支出を抑え続けなければならない社会」
になってしまうことだ。
本来なら、
所得が増える。
↓
安心して消費する。
↓
企業の売上が増える。
↓
企業が投資する。
↓
生産性が上がる。
↓
賃金が上がる。
↓
さらに消費が増える。
という循環が生まれる。
この循環をどうつくるかが重要になる。
高齢者が増えることは、「需要がなくなる」ことではない
ここで、最初の年金問題に戻ってみたい。
高齢者が増える。
現役世代が減る。
このとき、単純に、
「高齢者を支える人が減るから大変だ」
と考えることが多い。
しかし、前回まで考えてきたように、高齢者も消費者である。
食事をする。
病院に行く。
旅行する。
住宅を維持する。
介護サービスを利用する。
さまざまな商品やサービスを必要とする。
つまり、
高齢者が増えることは、需要が消えることではない。
むしろ、需要の中身が変化する。
ここに日本経済の大きな可能性もある。
高齢化は「新しい市場」を生み出す
例えば、高齢者向けの住宅。
介護サービス。
医療技術。
健康関連サービス。
移動支援。
見守りサービス。
シニア向けの旅行。
高齢者でも使いやすい家電や自動車。
こうした市場は、高齢化が進むからこそ必要になる。
つまり、高齢化は単なる「負担」ではなく、
新しい需要を生み出す変化
でもある。
もちろん、医療や介護などの社会保障費が増えるという問題はある。
しかし経済全体で考えれば、
「高齢者が増える=経済活動がなくなる」
ではない。
むしろ重要なのは、
増えていく需要に対して、どうやって供給するのか
ということになる。
「需要」と「供給」をセットで考える
ここまでの話を整理すると、非常に単純な構図が見えてくる。
高齢者が増える。
↓
需要は残る。
↓
しかし働く人が減る。
↓
供給力が不足する。
だから、
↓
AI・ロボット・設備投資などで生産性を高める。
ここまでは前回までの話だ。
しかし、それだけでは足りない。
企業が投資するためには、
↓
「商品やサービスが売れる」
という見通しが必要になる。
つまり、
需要と供給を両方考えなければならない。
どちらかだけでは経済は回らない。
需要があるから、供給能力を高める意味がある
例えば、介護サービスの需要が今後増えるとする。
しかし介護職員が足りない。
そこで企業が、
介護ロボットを導入する。
AIで事務作業を効率化する。
施設を新しくする。
職員の教育に投資する。
こうした投資が進めば、少ない人数でもより多くの高齢者を支えられる可能性がある。
つまり、
需要があるから供給側への投資が生まれる。
これは年金問題ともつながっている。
年金を受け取る高齢者がいる。
その人たちが消費する。
その需要に応えるために企業が商品やサービスを供給する。
そのために人を雇い、設備を導入する。
そこで働く人が所得を得る。
その所得がまた消費になる。
こうした循環が経済活動そのものなのである。
だからこそ、「政府の役割」も無視できない
ここまで考えると、政府の役割についても違った見方ができる。
民間企業が投資したくても、
「需要があるか分からない」
という状況では投資を躊躇する。
特に人口減少地域では、その傾向が強くなる。
そこで政府が公共投資を行う。
インフラを整備する。
防災に投資する。
教育に投資する。
研究開発を支援する。
子育て環境を整える。
こうした政府支出も、単なる「お金のばらまき」としてではなく、
将来の供給力をつくるための需要
として考えることができる。
もちろん、どんな政府支出でも良いわけではない。
将来の生産性や生活の質を高める投資なのか。
単に一時的な支出で終わるのか。
そこは区別する必要がある。
「人口が減るから小さくなる」ではなく、「人口が減るから何にお金を使うか」
人口が減ると、市場全体が縮小する。
これは避けられない面がある。
しかし、すべての市場が縮小するわけではない。
人口が減る一方で需要が増える分野もある。
医療。
介護。
省人化。
AI。
ロボット。
防災。
住宅改修。
高齢者向けサービス。
そして、外国人観光客などによるインバウンド需要もある。
つまり、重要なのは人口の数だけではない。
「どこに需要が生まれるのか」を見極めること
でもある。
企業にとっては、それが新しいビジネスチャンスになる。
政府にとっては、それを支える政策が必要になる。
働く人にとっては、新しい需要がある分野へ移動することが、自分の価値を高めることにつながる。
人口減少時代には「成長」の意味も変わる
これまで日本では、
人口が増える。
↓
消費者が増える。
↓
市場が拡大する。
↓
企業が成長する。
というモデルが成立しやすかった。
しかし、これからは違う。
人口そのものは増えない。
だから、
「人数を増やして成長する」ことが難しくなる。
代わりに、
一人あたりの生産性を上げる。
一人あたりの所得を増やす。
高付加価値の商品をつくる。
新しい需要を掘り起こす。
海外から需要を取り込む。
という方法が重要になる。
これは、人口減少時代の日本にとって、かなり大きな発想の転換だ。
「需要をつくる」という考え方
需要は、単純に「消費者が欲しいと思うもの」だけではない。
企業が新しい商品を生み出すことで、新しい需要が生まれることもある。
スマートフォンが登場する前から、私たちはスマートフォンを必要としていたわけではない。
動画配信サービスが普及する前から、私たちは動画配信サービスを求めていたわけではない。
新しい技術が、新しい生活をつくる。
そして新しい生活が、新しい需要を生み出す。
人口が減る日本だからこそ、
「限られた需要を奪い合う」のではなく、「新しい需要そのものをつくる」
という発想が重要になる。
年金問題から、日本経済全体が見えてくる
ここまで年金から始めて、
高齢化。
↓
需要。
↓
供給力。
↓
生産性。
↓
賃金。
↓
投資。
↓
そして再び需要。
というところまで話を広げてきた。
年金という一つの制度を考えていたはずなのに、いつの間にか日本経済全体の話になっている。
それは当然なのだと思う。
年金は単独で存在している制度ではない。
年金を受け取る人がいる。
その人たちは消費する。
消費するための商品やサービスを、誰かがつくる。
そこで働く人が所得を得る。
所得を得た人がまた消費する。
経済はこうした循環によって動いている。
だから年金問題を、
「現役世代が高齢者を支えられるか」
という一つの数字だけで考えるのは、少し狭すぎるのではないか。
「足りないもの」を考える
これからの日本に必要なのは、単純な節約ではない。
人が減る。
だから我慢する。
店が減る。
だから我慢する。
サービスが減る。
だから我慢する。
そんな社会にする必要はない。
むしろ考えるべきなのは、
「何が足りなくなるのか」
ということだ。
働く人が足りない。
だから省人化する。
介護が足りない。
だから介護の生産性を高める。
住宅が足りない。
だから建設技術を高める。
地方の交通が足りない。
だから新しい移動サービスをつくる。
エネルギーが足りない。
だから供給能力を高める。
不足しているものが分かれば、そこには投資の余地がある。
そして投資は、需要と供給を結びつける。
人口減少は「需要の終わり」ではない
人口減少という言葉から、私たちはどうしても「小さくなる日本」を想像する。
しかし、本当に重要なのは人口そのものではない。
誰が何を必要とし、誰がそれを供給するのか。
そこを考えることだ。
高齢者が増える。
現役世代が減る。
だからこそ、需要は残る。
その需要を満たすために、少ない人数でより多くの価値を生み出す必要がある。
そのためには投資が必要になる。
投資をするためには、将来の需要が必要になる。
そして需要を支えるためには、働く人の所得も必要になる。
結局、
需要と供給は、どちらか一方だけでは成立しない。
日本が人口減少時代を乗り越えられるかどうかは、「人口を増やせるか」だけで決まるわけではない。
限られた人口の中で、
どれだけ需要を生み出し、どれだけ供給力を高め、どれだけ一人ひとりの所得を増やせるか。
そこに大きな鍵がある。
年金問題も、人口問題も、賃金問題も、実は別々の問題ではない。
すべては、
「これからの日本で、私たちは何を生み出し、何を消費し、どのように豊かさを分け合うのか」
という一つの問題につながっている。
人口が減る時代だからこそ、経済を「人数」だけで考えない。
それが、これからの日本を考えるうえで必要な視点なのではないだろうか。
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