【番外編】年金問題は「お金」の問題なのか――高齢化社会で本当に大切になるのは、支える側かもしれない
年金について考えるとき、私たちはどうしても「将来、いくらもらえるのか」という問題に目を向ける。 少子高齢化が進めば、現役世代が減る。 だから、将来の年金は減ってしまうのではないか。 現役世代の負担はさらに重くなるのではないか。 こうした不安は、年金を考えるうえで重要な論点だ。 しかし、年金問題をもう少し大きな視点から考えると、別の見方ができる。 それは、 「高齢化社会で本当に問題になるのは、お金の量ではなく、モノやサービスを供給できる人が足りなくなることではないか」 という考え方だ。 この視点を提示しているのが、経済評論家の三橋貴明氏である。 年金を「お金の問題」だけで考えてはいけない 三橋氏は、社会保障問題について、現役世代が高齢者を「お金で支える」という考え方だけでは本質を捉えられないと主張している。 確かに、年金を受け取った高齢者は、そのお金を貯め続けるわけではない。 食事をする。 病院に行く。 電気や水道を使う。 買い物をする。 介護サービスを利用する。 つまり、年金として支払われたお金は、最終的にはモノやサービスに対する需要になる。 ここが重要なポイントだ。 仮に高齢者に十分なお金があったとしても、必要なモノやサービスを提供する人がいなければ、そのお金だけでは生活を維持できない。 極端な例を考えてみれば分かりやすい。 高齢者が100人いる。 しかし、その人たちに食事を提供する人が1人しかいない。 この場合、「食事を買うためのお金」を増やしたところで、食事そのものが増えるわけではない。 問題になるのは、お金ではなく供給能力である。 高齢化すると「需要」はなくならない ここで、少子高齢化について少し違った見方ができる。 高齢者が増えるからといって、社会全体の需要が消えていくわけではない。 むしろ、高齢者が必要とするモノやサービスは存在し続ける。 医療。 介護。 住宅。 食料。 交通。 エネルギー。 小売。 さまざまな生活関連サービス。 高齢になれば必要になるサービスもある。 つまり、高齢化社会では「需要がなくなる」のではなく、需要の中身が変わっていく。 一方で問題になるのが、その需要を満たす側だ。 日本では人口減少とともに、生産年齢人口も減少している。 2025年の15~64歳人口は7,310万人だったのに対し、2040年には6,210万人になるとの推計もある...