なぜ優秀な人ほど仕事を抱え込むのか?――歴史に学ぶ「任せる力」





「自分でやったほうが早い」


仕事をしていると、そう思うことがある。

部下に説明するより、自分でやったほうが早い。

同僚に頼むより、自分で処理したほうが確実だ。

人に任せると、思った通りの結果にならない。

だから、結局自分でやってしまう。

最初はそれでも問題ない。

むしろ、仕事ができる人ほど、自分で仕事を処理できる。

しかし、あるところから問題が発生する。

仕事が増えてくると、自分一人では処理しきれなくなるからだ。

それでも仕事を手放せない。

結果として、



「忙しい」

「時間がない」

「自分ばかり仕事をしている」



という状態になる。

一方で、組織を大きくしていくリーダーは、自分一人ですべての仕事を抱え込まない。

人に任せる。

そして、自分にしかできない仕事に集中する。

では、なぜ優秀な人ほど仕事を抱え込んでしまうのだろうか。

今回は歴史上の人物や組織を題材に、「任せる力」について考えてみたい。



「自分でやったほうが早い」は本当に正しいのか

仕事を任せられない人がよく口にする言葉がある。

「自分でやったほうが早い」

確かに、その通りかもしれない。

自分なら30分でできる仕事を、部下に任せれば説明に30分、作業に1時間、確認に30分かかる。

それなら自分でやったほうが早い。

短期的には、その判断は合理的だ。

しかし、問題はその先にある。

部下はいつまで経っても仕事を覚えない。

自分はいつまでも同じ仕事をし続ける。

仕事が増えれば、自分の負担だけが増えていく。

つまり、


「自分でやったほうが早い」という判断を繰り返すほど、長期的には自分が忙しくなる。


ここに「任せる」ことの難しさがある。



優秀な人ほど「自分でできてしまう」


仕事を抱え込む人には、能力が高い人も多い。

仕事が遅いから抱え込むのではない。

むしろ逆である。

自分でやれば、ある程度の品質で完成させることができる。

だから、人に任せる必要性を感じにくい。

例えば、

「この資料、私が作ったほうが早い」

「この顧客には私が説明したほうがいい」

「この仕事は自分しか分からない」

となる。

一つ一つは合理的な判断に見える。

しかし、それを積み重ねると、組織の中に「自分しかできない仕事」が増えていく。

これは危険な状態だ。


「自分しかできない仕事」が増えると組織は弱くなる



一見すると、

「自分しかできない」

というのは、その人の価値が高いように思える。

しかし、組織という視点で見ると、必ずしもそうではない。

その人が休んだら仕事が止まる。

その人が異動したら引き継げない。

その人が退職したら、ノウハウが失われる。

つまり、

一人の能力に依存している組織は、実は脆い。

強い組織とは、

「優秀な一人がすべてを知っている組織」

ではない。

「複数の人がそれぞれの役割を果たせる組織」

である。



歴史上の大きな組織は、一人では動かせない


これは軍事史を見ると分かりやすい。

戦争では、一人の司令官がすべての仕事をすることはできない。

情報を集める人がいる。

作戦を立てる人がいる。

部隊を指揮する人がいる。

補給を担当する人がいる。

現場で判断する人がいる。

それぞれが役割を持っている。

東郷平八郎も、秋山真之も、児玉源太郎も、一人ですべてを行ったわけではない。

優秀な人物ほど、自分以外の人間の能力をどう組み合わせるかが重要になる。

前回までの記事で秋山真之の情報収集について考えた。

情報を集める人がいる。

それを整理する人がいる。

そして最終的に判断する人がいる。

こうした役割分担があるからこそ、大きな組織を動かすことができる。



児玉源太郎から考える「任せる力」


これまでの記事で取り上げた児玉源太郎を考えてみると、「任せる力」というテーマが見えてくる。

大規模な作戦では、一人の能力だけで結果を出すことはできない。

複数の部隊が動く。

大量の情報が集まる。

補給が必要になる。

現場では予想外の問題も発生する。

これを一人で処理することは不可能だ。

だからこそ、組織の上に立つ人間には、

「誰に何を任せるか」

という判断が必要になる。

自分が全部やるのではない。

適切な人間に、適切な仕事を任せる。

そして、自分は全体を見る。

これがリーダーの仕事になる。



任せることは「丸投げ」ではない


ここで注意したいことがある。

「仕事を任せる」という言葉を、

「部下に仕事を押し付ける」

と勘違いしてはいけない。

それは任せることではない。

丸投げである。

任せる場合には、

  • 何をしてほしいのか
  • なぜ必要なのか
  • いつまでなのか
  • どこまで任せるのか
  • 困ったときは誰に相談するのか


を明確にする必要がある。

つまり、

任せるとは、責任を放棄することではない。

相手が仕事を遂行できる環境を整えたうえで、仕事を委ねることだ。



「任せる」のが怖い理由


では、なぜ人は仕事を任せるのが怖いのだろうか。

大きな理由の一つは、

結果が自分の思い通りにならないから

である。

自分なら、

「この順番でやる」

「この表現にする」

「ここを確認する」

と分かっている。

しかし、人に任せると違う方法で仕事をする。

それが気になってしまう。

「なぜそんなやり方をするのか」

と思う。

そして、

「やっぱり自分でやったほうがいい」

となる。

しかし、ここには重要な問題がある。

目的を達成できれば、方法は一つでなくてもいい。



「自分と同じやり方」を求めない


部下に仕事を任せるとき、

「自分と同じ方法でやってほしい」

と思ってしまうことがある。

しかし、それでは本当の意味で仕事を任せたことにならない。

重要なのは、

「何を達成してほしいのか」

である。

例えば、

「金曜日までに顧客向け資料を完成させる」

ことが目的なら、

「必ず私と同じ手順で作れ」

とは限らない。

部下が別の方法を使って、より良い資料を作るかもしれない。

だから、リーダーは、

手段を管理するのか、結果を管理するのか

を考える必要がある。



任せることで「次のリーダー」が育つ


仕事を任せる最大のメリットは、自分が楽になることだけではない。

人が育つことである。

最初は簡単な仕事を任せる。

できるようになったら、少し難しい仕事を任せる。

さらに判断が必要な仕事を任せる。

こうして経験を積ませる。

やがて、その人が別の人を育てる側になる。

これが組織の成長である。

逆に、すべてを自分で処理してしまえば、周囲の人は経験を積めない。

結果として、

自分は優秀だけれど、周囲が育たない

という状態になる。

これは本人にとっても組織にとっても苦しい。



「任せる」は未来への投資である


仕事を任せると、最初は効率が落ちる。

自分でやれば1時間で終わる仕事に、部下なら3時間かかるかもしれない。

しかも、間違いがあるかもしれない。

修正も必要になる。

だから、

「任せると効率が悪い」

と思ってしまう。

しかし、これは短期的な視点である。

一度仕事を覚えてもらえば、次からは自分がやらなくてもよくなる。

さらに、その人が別の人に教えれば、組織全体の処理能力が上がる。

つまり、

最初の非効率を受け入れて、将来の効率を作る。

これが「任せる」という行為である。



優秀な人ほど「教える時間」を惜しまない


本当に優秀な人は、仕事をすべて自分で処理する人ではない。

自分の仕事を他人ができるようにする人でもある。

例えば、

「この仕事は私にしかできない」

と言うのではなく、

「この仕事をあなたができるようになるまで教える」

と考える。

もちろん、すべての仕事を他人に任せられるわけではない。

専門的な判断や最終責任など、自分が担当しなければならない仕事もある。

しかし、

「自分にしかできない仕事」と「自分がやっているだけの仕事」を区別する

ことは重要だ。



「自分にしかできない仕事」は本当に自分にしかできないのか


仕事を抱え込んでいる人は、一度こう問いかけてみるといい。

「本当に自分にしかできない仕事なのか?」

実際には、

「自分が一番詳しい」

だけかもしれない。

「自分が長くやっている」

だけかもしれない。

「他の人に教えたことがない」

だけかもしれない。

この三つは、

「自分にしかできない」

とは違う。

教えればできるようになる仕事なら、それは任せられる仕事である。



仕事を任せるときの5つのポイント


では、実際に仕事を任せるときはどうすればいいのか。

私は次の5つを意識するとよいと思う。


1.目的を伝える

「何をするか」だけでなく、「なぜするのか」を伝える。

2.完成の基準を伝える

どこまでできれば完成なのかを明確にする。

3.期限を決める

「できたらお願いします」ではなく、具体的な期限を設定する。

4.途中で確認する

最後まで放置するのではなく、必要なタイミングで進捗を確認する。

5.最後は本人に振り返らせる

「どうだった?」

と聞く。

自分で考えてもらうことで、次の仕事につながる。



仕事を任せた後に口を出しすぎない


もう一つ難しいのが、

任せた後の距離感

である。

仕事を任せた直後に、

「そこは違う」

「そうじゃない」

「こうしたほうがいい」

と細かく口を出してしまう。

これでは、任された側は自分で考えなくなる。

「どうせ最後は上司が決める」

と思うからだ。

もちろん、重大な間違いは修正する必要がある。

しかし、小さな違いまで全部直してしまう必要はない。

任せるなら、

相手が自分で考える余地を残す。

これも重要だ。



「失敗させない」と「失敗から学ばせない」は違う


部下が失敗しそうになると、つい助けたくなる。

「それは失敗するから、私がやる」

と言ってしまう。

しかし、それでは本人は経験できない。

もちろん、取り返しのつかない失敗は防ぐべきだ。

だが、小さな失敗なら、そこから学ぶ機会にできる。

例えば、

「この方法だと、どんな問題が起こると思う?」

と問いかける。

本人に考えさせる。

そして必要なら修正する。

こうした経験の積み重ねが、判断力を育てる。



リーダーの仕事は「自分が一番働くこと」ではない


ここまで考えると、リーダーの仕事について一つの結論が見えてくる。

リーダーが組織の中で一番忙しく働いていれば、それでいいわけではない。

むしろ、

リーダーがいなくても組織が動く状態

を作ることが重要になる。

自分がすべてを判断しなくてもいい。

自分がすべてを確認しなくてもいい。

自分がすべての仕事をしなくてもいい。

それぞれの人が、自分の役割を理解して動く。

その状態を作ることが、リーダーの重要な仕事になる。



歴史から学ぶ「任せる力」


ここまで、歴史上の人物を題材に考えてきた。

秋山真之からは情報を集める力。

東郷平八郎からは指揮する力。

児玉源太郎からは組織を動かす力。

山本五十六からは意思決定について考えた。

そして今回のテーマは、

「自分以外の人間の力をどう活かすか」

である。

大きな組織になればなるほど、一人の能力には限界がある。

だからこそ、人を育てる。

仕事を任せる。

役割を分ける。

それぞれの能力を組み合わせる。

これによって、一人ではできない仕事ができるようになる。



「自分がいなくても回る」は、最高の成果かもしれない


仕事をしていると、

「自分がいなければ、この仕事は回らない」

という状態になることがある。

最初は、自分の存在価値を感じるかもしれない。

しかし、長期的には危険である。

休めない。

仕事を任せられない。

後継者が育たない。

組織も成長しない。

本当の意味で仕事ができる人とは、

「自分がいなくても仕事が回る仕組み」を作れる人

なのかもしれない。

自分の仕事を誰かに引き継ぐ。

その人がさらに別の人を育てる。

そうなれば、自分は次の仕事に進める。

それが組織全体の成長につながる。



まとめ――「任せる」とは、自分の仕事を減らすことではない


仕事を人に任せるのは難しい。

自分でやったほうが早い。

自分でやったほうが確実だ。

そう思ってしまうからだ。

しかし、その考えを続けていると、自分がいつまでも同じ仕事を抱えることになる。

重要なのは、

「今、自分でやったほうが早いか」

だけではない。

「半年後、一年後も自分がこの仕事を続ける必要があるのか」

と考えることだ。

もし他の人に任せられる仕事なら、最初は時間がかかっても教える。

任せる。

失敗したら修正する。

そして、次第に本人に判断してもらう。

そうすれば、自分の仕事を減らせるだけではない。

組織の中に新しい能力が生まれる。

人が育つ。

そして、自分自身も次の仕事に進むことができる。

歴史上の大きな組織を動かした人物たちも、一人ですべてを成し遂げたわけではない。

人を知り、人を配置し、人に任せる。

その積み重ねによって、個人の能力を組織の力へ変えていった。

だから、仕事を抱えて苦しくなったときには、一度こう考えてみたい。

「これは、本当に自分がやらなければならない仕事なのか?」

もし答えが「違う」なら、それは誰かに任せるチャンスかもしれない。

任せることは、仕事から逃げることではない。

次の仕事をするために、自分の時間を取り戻すことなのだ。







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