はじめに
「お金がないから無駄遣いをしてしまう」「余裕がないと余計に借金が膨らむ」――。
一見すると矛盾しているようですが、実際に世界中の研究で、経済的に困難な状況ほど人は判断を誤りやすいことが明らかになっています。
今回は、行動経済学や心理学の知見をもとに、貧困が意思決定に与える影響を解説します。
1. 「認知資源」が奪われる
人間の脳には、注意や集中力といった“認知資源”に限りがあります。
貧困状態にあると、常に「どうやって今日をやりくりするか?」という悩みが頭を占めてしまいます。
研究によると、経済的ストレスを抱えている人は 一時的にIQが10〜13ポイント低下する ほど認知能力が削がれるといわれています。
つまり、お金の不安があるだけで、冷静な判断が難しくなるのです。
2. 短期志向が強まる
お金がないと「今日をどう乗り切るか」が最優先になり、長期的な視点を持ちにくくなります。
これを行動経済学では 短期志向(time discounting) と呼びます。
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例:目先の1,000円を選び、将来の1,500円を捨ててしまう
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例:長期的に得な保険や投資より、今すぐ現金を選ぶ
結果として、貧困がさらに貧困を呼ぶ「悪循環」に陥りやすくなります。
3. 意思決定の「帯域幅」が狭まる
心理学では、人が同時に処理できる意思決定の数を「帯域幅(bandwidth)」と呼びます。
お金の不安が強いと、買い物や請求のことばかり考えてしまい、他の判断(仕事・健康・教育など)が後回しになってしまいます。
この「帯域幅の制約」が、生活全体のパフォーマンス低下につながります。
4. 損失回避が強く働く
貧困状態では「これ以上失いたくない」という思いが強くなり、損失回避バイアスが過度に働きます。
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リスクを取りすぎる(高利の借金やギャンブル)
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逆にリスクを恐れて挑戦を避ける(転職や投資をしない)
どちらにしても合理的ではない判断をしがちになります。
5. どうすれば抜け出せるのか?
経済的に厳しい状況にあるときほど、「意思の力」ではなく「仕組み」に頼ることが重要です。
実践のヒント
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自動化:光熱費や家賃などを自動引き落としにし、決断を減らす
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環境を整える:手元に現金を置かず、浪費のトリガーを避ける
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小さな成功体験:数百円でも貯金できたら可視化して自信をつける
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相談する:金融機関や自治体の支援制度を活用し、意思決定の負担を分散させる
まとめ
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貧困は「お金がない」以上に、人の意思決定を歪める
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認知資源の消耗、短期志向、帯域幅の狭まり、損失回避の強まりが主な要因
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意志ではなく仕組みや環境設計で「判断ミスの連鎖」を断ち切ることが大切
おわりに
お金の不安は、単なる家計の問題ではなく「心と判断力」に直結しています。
だからこそ、貧困の悪循環を理解し、仕組みでサポートすることが、個人にも社会にも求められています。
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連載一覧はこちら。
・【連載 第1回】なぜ私たちはお金の判断を間違えるのか?― 行動経済学で読み解く日常の心理
・【連載 第2回】なぜ人はセールで買いすぎるのか? ― 行動経済学が解き明かす“お得感”の罠
・【連載 第3回】なぜ人は「貯金できない」のか? ― 行動経済学が教える“先延ばしの心理”と習慣化のコツ
・【連載 第4回】投資とギャンブルの心理 ― 行動経済学が教える“リスクの錯覚”と賢い向き合い方
・【連載 第5回】お金と幸福度 ― いくら稼げば幸せになれるのか?
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