【自民党が有権者の声を聴かなくなった理由】 ――“公明党という表の顔”と、有権者を無視しても選挙に勝てる政治の病理
■ 「民意無視の政治」がなぜ成り立つのか
日本の政治は今、奇妙な安定の上に成り立っている。
どれほど物価が上がろうと、
どれほど庶民が疲弊しようと、
政権交代は起きない。
この「安定」の正体こそ、
自民党と公明党による鉄壁の選挙協力構造だ。
自民党は有権者の声を聴かずとも勝てる。
なぜなら——公明党が“票”を提供してくれるからである。
■ 公明党という「選挙マシーン」
公明党は、長年にわたり組織的な票の供給源として機能してきた。
地方議員・創価学会員・支持団体のネットワークが、
一票一票を確実に積み上げる。
自民党候補は、それに頼ることで
都市部でも安定した票を確保できるようになった。
だがその代償として、
政策決定の場では公明党の顔色を窺う構造が固定化した。
たとえば、
・防衛力強化や安保政策では常に「公明党の了解」が必要
・消費税や社会保障でも「公明党の主張」との整合性が前提
つまり、自民党は“選挙を公明党に依存し、政策を官僚に依存する”政党になってしまったのだ。
■ 「庶民の味方」を名乗りながら、政策は財務省寄り
さらに皮肉なことに、
公明党は「福祉の党」「生活者の党」と自称しながら、
財務省主導の増税・緊縮路線に協力してきた。
消費税引き上げ、年金削減、社会保険料の負担増。
どれも“庶民の味方”が容認してきた政策である。
公明党の議員たちは、街頭では「生活支援」を訴えながら、
国会では“財務省の提案に異を唱えない”という二重構造を続けてきた。
表向きは温和で誠実な「生活者政党」。
しかし実際には、自民党が国民の声を無視するための免罪符として
機能してきた側面がある。
■ 「自民×公明」――選挙に勝つための“相互依存”関係
自民党にとって公明党は「都市部の票の保険」であり、
公明党にとって自民党は「政権参加の座」を保証する存在だ。
両者の関係は、
信念でも理念でもなく、票と権力の取引関係である。
結果、選挙区ではこうした光景が繰り返される。
「今回は自民党候補をお願いします」
「比例は公明党へ」
選挙が「政策」ではなく「配分」になった瞬間、
政治は民意から完全に切り離された。
■ 投票率の低さが支える“連立安定政権”
この仕組みがさらに強化されている背景には、
日本の異常な投票率の低さがある。
全体の半分近くの有権者が投票に行かない中、
組織票の力は圧倒的だ。
創価学会を母体に持つ公明党の動員力は、
低投票率選挙では“数倍の効力”を持つ。
その結果、
自民党は「浮動票を失っても連立で勝てる」という確信を持ってしまった。
もはや、有権者の声を聴く必要がない。
聴かずとも当選できる。
それが今の日本政治の最大の病理である。
■ 「政治を支える宗教」と「政治を支配する宗教」は違う
宗教が政治を支えること自体は悪ではない。
価値観や倫理観を与える存在としての宗教は、社会に不可欠だ。
しかし、現在の公明党のように、
“政治そのものを組織票で支配する”構造は健全ではない。
信仰が票を生み、票が政策を縛り、
結果として、国全体の方向性が宗教組織に左右される。
これは民主主義ではなく、
「選挙という名の談合」である。
■ 国民の声を取り戻すために、何が必要か
有権者の声が届かない理由は、
政治家の腐敗ではなく、構造の固定化だ。
自民党は公明党に依存し、
公明党は組織票に依存し、
有権者はその外側に置かれている。
この連鎖を断ち切る唯一の方法は、
“無関心をやめる”ことだ。
投票率が上がれば上がるほど、
組織票の相対的価値は下がる。
逆に言えば、私たち一人ひとりの一票が、
この「構造政治」を壊す唯一の武器になる。
■ 結論:民意を奪う“構造的支配”に終止符を
自民党が有権者を無視するのは、
有権者が声を上げなくても勝てるから。
公明党が庶民を装うのは、
庶民の支持を失っても組織票で生き残れるから。
この歪んだ構造を変えない限り、
どれほど言葉を重ねても政治は動かない。
「政治を動かすのは、選挙ではなく構造だ」——
その現実を直視することから、
本当の民主主義が始まる。
折しも、自公連立か崩壊するかもしれない局面を迎えています。
政治を見つめ直す良いタイミングでしょう。
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